HSPのわたしが子供のころ感じていたこと

子供のころ、幼稚園や小学校に行きたくないと泣いてわめいて母親を困らせた。

感受性が豊かなだけ。

母親が、幼稚園の先生に言われて救われた言葉。

育て方が悪かったのではないか、他の子が出来ることがなぜ出来ないのだろうかと自分を責めて苦しんだという。

幼いころから親や先生、周りにいる大人が、どんな表情をして、どんなことを思っていて、何をわたしに求めているのか、ということにとても敏感だった。

親が言ったこと、先生が言ったこと、友達が言ったことすべてひとつひとつ真剣に受けとった。

歯を磨きなさい。虫歯になるからね。と言われれば、

きちんと磨けない自分を許せなくて泣いて。

絵が上手ね。と言われれば、

完璧を求めて、寝る時間を過ぎても絵を描いた。

HSPは共感性が非常に高い。

怒られている人を見ると自分が怒られているような気持ちになるし、人の話を自分ごとのように聞いて悲しくなったり、楽しい気持ちになる。

もう会うことがないだろう街にいる人の表情ひとつひとつにだって影響される。

30代になった今でもそれは変わらない。

仕事をするようになって、その特性は大いに役に立った。

とくに美容部員時代、お客さんがわたしに何を求めているのか敏感に察知して動く、一緒に喜んだり、悩んだり感情に寄り添った対応が自然とできたことで売り上げに繋がり、顧客も増えた。今振り返っても、業務ではプラスに働くことばかりだったと思う。

ただ、本当に疲れてしまう。

自分が目にしたこと、起こったこと全てに全力で力を注いでしまうから、1日を終えたときにはそれはもう、ぐったりとしている。

人の気持ちを勝手に読むことは失礼だ、と誰かが言っていた。

本当にその通りだ。

それは時に役立つこともあるが、意図せずに、息をするように入ってきてしまう場合はどうしたら良いものか。

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